2025年9月、トランプ米大統領が日本からの輸入品に課す関税を現行の27.5%から15%に引き下げる大統領令に署名した。これにより、日米間の関税交渉は大筋で決着したが、引き換えに日本が約5500億ドル(約80兆円)の対米投融資を約束したことが注目されている。今後、この巨額資金の運用と投資先選定が日米間の新たな課題となる。
日本政府は、投資案件を協議する場を設け、日本にとって有益かどうかを精査すると説明する。しかし、投資先の最終選定権は米国側に委ねられており、日本がどの程度影響力を発揮できるかが焦点だ。特に、トランプ大統領が関税の再引き上げをちらつかせて圧力をかける可能性が拭えず、慎重な運用が求められる。
米「投資委員会」が主導、日本に拒否権はあるのか
対米投融資に関する覚書によると、投資先候補の選定は、ラトニック米商務長官を議長とする「投資委員会」が主導する。同委員会は米側の委員で構成され、ラトニック氏は「大統領に完全な裁量がある」と述べている。この発言は、米国が一方的に投資先を決定し、日本に過度な資金提供を求める可能性を示唆する。
これに対し、赤沢亮正経済再生担当相は9月9日の閣議後記者会見で、「法律に基づき、大赤字のプロジェクトへの出資や融資はできない」と強調。日米両政府が指名する「協議委員会」が投資委員会と事前協議を行い、日本の戦略や法令との整合性を確保すると主張した。
覚書には、日本が資金提供を拒否する選択肢も明記されているが、その場合、事前に日米で協議する必要がある。さらに、日本が資金提供を拒否した場合、「大統領が定める率で関税を課すこともできる」との文言が存在する。このため、日本側が実質的な「拒否権」をどの程度行使できるのか、今後の交渉過程での検証が不可欠だ。
15%関税の影響と国内産業支援策
日米合意により、自動車や自動車部品に対する関税は15%に引き下げられたが、依然として高い税率が幅広い品目に課される。経済産業省は2026年度予算の概算要求で、設備投資減税の拡充や自動車購入時の「環境性能割」の廃止を盛り込み、自動車業界を中心とする国内産業の支援強化を図る。
また、トランプ関税の影響を受ける企業の資金繰り支援など、機動的な対応も求められる。石破茂首相の退陣表明に伴う「政治空白」が支援策の実施に影響を及ぼさないよう、政府は迅速な対応を迫られている。
日米間の認識齟齬と今後の課題
対米投融資を巡っては、日米間で当初から認識の齟齬が浮き彫りとなっていた。日本側は、5500億ドルの枠組みが政府系金融機関を通じた融資や保証が主であり、出資は1~2%に留まると説明。一方、トランプ大統領やラトニック氏は「米国の裁量で使える資金」と主張し、利益の90%を米国が受け取ると強調していた。最終的に、覚書は日本側の説明に沿った内容で決着したが、投資先選定における米国の強い影響力は残る。
日本は、半導体、医薬品、重要鉱物、AIなどの分野で投資を進めるが、トランプ氏の任期中(2029年1月まで)に投資が実行される予定だ。投資に伴う利益配分は、融資が未返済の期間は日米で折半し、完済後は米国が9割を受け取る仕組みとなっている。
経済安全保障と日本の戦略
政府は、対米投融資が日本製品の販売拡大や経済安全保障の強化につながると説明する。赤沢氏は「日米の相互利益の促進と日本の経済成長に資する」と強調するが、米国が指定する投資先に日本企業がどの程度関与できるかは不透明だ。
専門家は、米国が関税再引き上げを盾に日本に不利な条件を押し付けるリスクを指摘する。日米協議委員会での事前協議を通じて、日本が戦略的な投資判断を確保できるかどうかが、今後の交渉の鍵となる。引き続き、投資案件の透明性と日本の国益を守るための監視が必要である。